かきくけコラム :「ブックブック こんにちは」18


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「陽文庫-アキラブンコ」のみずいけさんと、ブックカフェ・トキシラズの山本さんがかわりばんこにつづる、本にまつわるコラム「ブックブック こんにちは」、18回目は陽文庫みずいけさんです。

18のブック

「からだことば」立川昭二

発売日: 2000/06
著者: 立川昭二
出版社: 早川書房
サイズ: 文庫
ページ数: 253ページ
ISBN: 978-4152082862

 

からだことばというのは、「手」とか「足」とか、からだの部位の名称を含んでいることば。

たとえば「手」だけでも「手先」「相手」といったような熟語、そして「手が出る」などの慣用句、さらには美味しいものを見ると「のどから手が出る」などともいいます。このように、からだことばというのはたくさんあるのですが、昔とくらべると近年は意外にからだことばが使われなくなっています。

このことは、私達の生活や文化にとって何を意味するのか、また私達のからだそのものにとって何を意味するのかを考察したのがこの本です。

からだことばの雑学

肩のこり→肩こり
自律神経の失調→自律神経失調症
いじめる→いじめ
のように、最初になかったことばが頻繁に使われるようになり次第に名詞化する。

仕事終わりの「お疲れさま」は昭和に入ってから、しかも戦後になって、急速に使われるようになった。

「ご苦労さま」はもっと以前から。手伝いをしてもらったり、お掃除をしたときに「ご苦労さん」と言っていた。

このようなことばの雑学もたくさん(ホントにたくさん!)書かれていますが、それだけにとどまらず、なぜそのことばが多用されるようになったのか、使用されるようになったのかについても触れています。

「身体」と「肉体」の違い?

1946年、坂口安吾が肉体自身を思考する」という文章を発表。同じ年に田村泰次郎の有名な『肉体の門』が刊行。

南辛坊さんは「肉体」というのは「肉体の叫び」とか「肉体の悶え」というように叫んだり悶えたりするけど、「身体」の方はあまり叫んだり悶えたりしなくて、「身体」というとスッキリとした印象を与えるといいます。

「肉体」というよりも「身体」ということばの方が、今の人たちには新鮮に感じられるのではないか…

こうなると身体論のようでもありますが「ちくはぐな身体」の著者である哲学者の鷲田清一さんの話も本書にはよく出てきます。

ことばを共有すること

人はなによりもことばを共有することによって、文化と心性を共有してきました。
ドキドキ、ハラハラということばを共有していたから、お互いにドキドキ、ハラハラできた。
ドキドキ、ハラハラということばを知らない人とのあいだでは、はたしてドキドキ、ハラハラするようなこころを共有し合えるでしょうか。
人間関係が希薄になったということは、ドキドキ、ハラハラということばが失われていくことと無関係とはいえないのではないでしょうか。
(p.119)

身体感覚が変わり、出てくる言葉が変わると、人が大切だと感じることも変わってくるのではないか、その中で失われていくものもあるのではないかと立川さんはいいます。

「気持ち」を大事にする社会

たとえば、贈りものに添えられた手紙には、「気持ちばかりのものですが…」と書いてあることがあります。
「気持ちばかりのもの」は、たくさんという意味ではない。
「少しばかり」という意味なんですね。
そうすると「気持ち」というのは大げさなものではなく、ささやかなもの、少しばかりのものなんです。
そういう少しばかりの「いい気持ち」こそが、その人の日常の暮らしにとっても、広く言えば人生にとってもいちばん大切なことなのではないか。温かいお風呂に入ったり、好きな音楽を聴いたりというように、あまり大げさなことではないことに価値をおいているのが、「気持ち」ということばなのではないか。
このように、本来「気持ち」というのは、大きな目標に向かうこととか、死生観といった大仰なものではない。その意味では、今の若い人たちが「気持ちいい」こと、あるいは「いい気持ち」を大事にしているとすると、大げさななものよりもささいなことに価値をおいた生きかたをしているともいえます。
(p.196)

からだことばに関する本ではありますが、ことばの成り立ちから考える物事の本質、ことばの移り変わりによる社会の変化、また社会の変化からことばが移り変わることなど、作者の考察は際限なく広がります。

日頃自分がどんな言葉を使っているのか、またどんな言葉を多用しているかによって、そのときの社会構造までも見据えることができるのかもしれません。

失われたものは失われたままでいいのか、変わるならどう変わったらいいのか。小さなことばでも拾っていただければ幸いだ、と最後に立川さんは結んでおられます。

「良い」と「いい」も異なる表現だと立川さんは言いますが、幸せや多幸感を醸し出すものを「いい」と言うならば、僕はこの本は「良い」本ではなく「いい」本だと思います。

おわり

文:みずいけあきら(陽文庫)
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公開日 : 2017-9-13
最新更新日 : 2017-9-13