かきくけコラム :「お坊さん、故郷を想う」05


obousan

毎週、てくてくひめじ界隈で得意な分野を持つ方々にコラムを書いていただくコーナー「かきくけコラム」。

姫路出身のお坊さん・なわたっせんさんの5回目です。お楽しみください。

05の想起「タチコギ」

近所が「駅前」に

何と先月末、実家の近くに新しい駅ができたそうです。その名もJR東姫路駅(http://www.city.himeji.lg.jp/s70/_31579/_31225.html)。

今から二十年ほど前までは、工場と田んぼの多い地域でしたが、いつの頃からか、次第に原っぱが増えていき、やがてはマンションや二十四時間営業のお店、さらには警察署までが建ち並ぶようになりました。

あれよあれよと近所が都市化していったようにも映りますが、地元住民の感覚としては、この界隈が街になったと言うより〝姫路の駅前が広がっていった〟とでも言うべき現象でした。そして、ついには本当に駅まで建てられることとなり、まさに近所が「駅前」となってしまったのです。(ちなみに、一般的なひめじんはJR姫路駅の「駅前」を「ひめじ」と呼ぶ)

東姫路駅が開業してからまだ帰郷はしていませんが、駅前から徒歩三分の帰り道はどんな風景なのか楽しみですし、何より東姫路駅前の住民は〝おおもとの駅前〟をどう呼ぶべきか…などなど、思索が深まります。

帰宅は徒歩で

姫路の街を離れて生活するようになったのは今から十五年以上も前のこと。時を同じくして、姫路の駅前(通称「ひめじ」)の景観が、帰るごとに変わっていきました。時には、改札から大手前通の方に出ていくと、突然「ここはどこだ?」という思いに駆られることもありました。「故郷」感の喪失です。

そんなとき、たいてい私は駅前から実家まで徒歩で帰るようにします。そうすると、次第に失ったかに思えた感覚が、不思議とよみがえってくるのです。

高校時代、学校からの帰り道に立ち寄った本屋やコンビニ、あるいは小学校時代に遊んだ公園や友達の家、はたまた幾度となくジュースを買った自販機など。歩くほどに、かつての記憶が呼びおこされ、「ここは姫路(=故郷)だ」という想いがわいてくるのです。この感覚は、バスに乗ってしまうと、なかなか味わうことができません。

どうやら故郷とは、歩くことと密接なかかわりがあるようで、つまりは地に足をつけないといけないということでしょう。

常識やぶり

ところで、駅前から歩いて帰宅する際、なぜだか自然と口ずさんでしまう歌があります。(ちなみに、私はいちじるしく音痴なため、普段人前では口ずさまない)

それは、THE BLUE HEARTSのファーストアルバムに収められた名曲「世界のまん中」です。

私がTHE BLUE HEARTSとはじめて出会ったのは、忘れもしない小学校六年の冬(十二月)、某音楽番組をとおしてでした。そのときに歌われていたのは「夢」というこれまた名曲ですが、楽曲そのものよりも、ありえないほどの小刻みな動きで舌を出しながら、お世辞にも上手ではない歌を熱唱する甲本ヒロトのすがたに、一発で魅入られてしまいました。
そして、何と言ってもとどめは、CMに入る前のカメラが寄ったときに鼻をほじるというハチャメチャなすがたでした。(のちにそれを「パンク」と呼ぶことを知る)

そのとき、私のなかのちっぽけな「常識」が崩れさったように思います。

世界のまん中

それ以来、とにかくTHE BLUE HEARTSを聴きまくりました。

とくに、思春期のまっただなか、中学二年生の頃は、毎日爆音(ヘッドホン)で聴き続け、眠れない夜などには、家の前の道路に飛び出し、自転車を立ちこぎしながらファーストアルバム『THE BLUE HEARTS』を聴きました。当時はまだ、そのあたりは姫路の片隅で、人と出会うことはほとんどありませんでした。

「世界のまん中」は、そのアルバムの八曲目に流れます。

朝の光が待てなくて 眠れない夜もあった 朝の光が待てなくて 間違ったこともやった
僕が今見ているのが 世界の片隅なのか 誰の上にだって お日様は昇るんだ

この歌い出しが聞こえると、なぜかいつも感涙していたような気がします。その続きは、今読み返すとなかなか意味深な内容です。

川の流れの激しさに 足元が震えている 燃える炎の厳しさに 足元が震えている
僕が今見ているのが 世界の片隅なのか いくら捜したって そんな所はない

うまくいかないとき 死にたい時もある 世界の真ん中で 生きていくためには
生きるということに 命をかけてみたい 歴史が始まる前 人はケダモノだった

さて、なぜこんな恥ずかしい思い出を語ったかと言うと、じつは東姫路駅ができた場所は、(おそらく)ちょうどこの曲を聴き終えた私が立ちこぎしていた、かつての「姫路の片隅」なのです。それにくわえ「故郷」とは、どこにいようと、あたかも「世界のまん中」に立っているかのような感覚を呼びおこすものではないかと、歌詞を思い出しながらふと感じました。合掌

文責:なわたっせん
勤務先 親鸞仏教センター
自坊  明泉寺 Facebookページ

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公開日 : 2016-4-13
最新更新日 : 2016-6-1