かきくけコラム :「こんなコラム!どうでしょう。」06


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毎週、てくてくひめじ界隈で得意な分野を持つ方々にコラムを書いていただくコーナー「かきくけコラム」。

「アルデナイデ農園」、「トマト部」といろいろな活動をされているよこはたほくとさんによる、写真と徒然なのんびりコラム、どうぞお楽しみください。

「じだい。」

あんな時代もあったねと。
きっと笑って話せるし。
まわりまわって時代がめぐる。

ぼくは、学生時代に、夜勤のアルバイトをしていました。
とてもとても、眠たくて眠たくて、たまらなかったある日のこと。

テレビから、
【これまで日本は、戦争の焼け野原を経験し、高度経済成長を経験し、バブルの崩壊を経験しながら、豊かな国になってきた。これからの日本は、ココロを豊かにする国になっていかなければならない。】
と、いう声が聞こえてきました。

普通のお笑い番組の一コマでした。その一コマが、社会にでる前のぼくのカラダをダッシュで走り回りながら、社会にでてからの、ぼくがいます。

各時代の各局面で、必死にくいしばり、はい上がってきた、じいちゃんやばあちゃん、父や母の世代の方々に対して、ぼくたちは何ができて、どのように引き継いでいくのかと、一人で悶々としていた時期だったので、スーっと筋が通り、歩む道がうっすら浮かんだ瞬間でした。

それから、ずっとココロの豊かさとは何かということを考えてきました。自分たちの子供や孫の世代に、何をどう残していったらいいんやろかと考えてきました。
仕事や生活が変わっても、ぶれない芯でした。

それが、最近、当時から考えていたココロの豊かさのなかでも、豊かさの部分で、感じ方や捉え方が大きく変わってきました。

テレビから一コマを聞いた時代と、現在との間には、確実に時間は流れています。
当時、現在のように、いろんな場所で、テロや戦争があったり、大地震がくるようなことを想像していたヒトは少なかったはずですし、自分自身も軽視していたような気がします。

同じように、当時のぼくは、今のぼくが、畑にいるなんて、0.1ミリも考えたことがありませんでした。
今も、不思議でたまりません。

土で手が汚れるのは嫌やし、蚊すら気持ちが悪いと思っていました。もっと言えば、野菜を食べる習慣すらありませんでした。
今では、土でドロドロの手に、落ち着いて。夏場は、蚊にもどうぞどうぞと血を分けあたえる生活です。どうしたら、もっとおいしい野菜になるのかなぁ、なんて考えてる自分が、おもしろく思えることも日常茶飯事です。

ですが、もしかしたら、仕事や生活のなかで、違うことをしながら、「何してるんやろ、ぼく。」とおもしろく思えることが、でてくるかもしれません。

多分、それでいいんやと思います。

ネイチャーに生きることが、ココロの豊かさにつながるということを言いたいのではありません。フラフラ生きましょうよと言ってるのではありません。
流れる時間の中で、自分が楽しいと思える時間をいっぱい楽しんで。しんどい時に楽しかった時間を思い出したりして、クスっと笑いながら、「メッチャシンドイワァ!」と思えるかどうかが、とても大切で、自分自身の豊かさにも、つながっていると感じるようになりました。

そしてそれは、「伝える」ということではなく、『伝わる』ことなのではないかと思います。
時代、世代を超えて。

『伝わる』先には、きっとこの時代を生きているからこその、《らしい豊かさ》が宿っていくと信じています。

答えなき、ココロの旅です。
一歩ずつ。
身近なシアワセを。

喜び悲しみ繰り返すなら。
今日はくよくよしないで。
今日の風にふかれましょう。

がんばってるよ。
日本は。
みんなは。

の、若干背伸びした、上から目線がごつい、第六回目のコラム、おわり。

文責:よこはたほくと
http://www.arudenaide.com/

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公開日 : 2016-4-27
最新更新日 : 2016-4-25