かきくけコラム :「お坊さん、故郷を想う」06


obousan

毎週、てくてくひめじ界隈で得意な分野を持つ方々にコラムを書いていただくコーナー「かきくけコラム」。


姫路出身のお坊さん・なわたっせんさんの6回目です。お楽しみください。

06の想起「ボクンチ」

帰る場所

かれこれ半年ほど、「故郷」というテーマで、故郷から離れた場所からコラムを書かせていただいています。

ところで「故郷」もしくは「ふるさと」という語を見て連想する詩は何かとたずねてみると、おそらく多くの人が「ふるさとは遠きにありて思ふもの」という言葉を思い浮かべるのではないでしょうか。

金沢出身の室生犀星という詩人が書いた「小景異情」という詩の一節です。もちろん続きがありまして、もともとは次のように詠まれています。


    ふるさとは遠きにありて思ふもの
    そして悲しくうたふもの
    よしや
    うらぶれて異土の乞食となるとても
    帰るところにあるまじや(以下略)

ふるさとに帰りたくても帰れない、とでも言うべきもどかしさが伝わってきます。きっと、そのもどかしさが、多くの人の心をとらえ、現代にまで読み継がれてきたのでしょう。

ちなみに浄土教(特に浄土真宗、浄土宗)では、現実のふるさともふくめてこの娑婆世界には、人間が本当の意味で「帰る」と言えるような場所はないと教えられます。そして「存在の故郷」とも呼ばれるような、本来の帰るべき場所を「浄土」と言うのだと。

遠美近醜

私自身もまた、学生時代から何かあるたびにこの詩を口ずさんできました。
ただ私の場合は、もとの犀星の詠んだ意趣とは違い、単に「帰りたくない」という気持ちが大きかっただけかも知れません。(姫路ではなく実家に)

それがここ最近では心境の変化でしょうか、むしょうに姫路をなつかしく感じるようになってきました。そして、遠い東京の地から心の中に思い浮かべる故郷は、とても美しい。

ところが、いざ帰ってくると、みなまで言いませんが、決してそうではない場面に多く出くわします。もちろん駅前は新しくきれいになっていますが、それとは別の次元で残念な思いに駆られることがままあります。
また、家に帰れば、家族とのかかわりのなかで「あれあれあれ、こんはずではなかった…」と思わずにおれない出来事が多々起こってきます。

私がいま研究をしている清沢満之という明治期の仏教者が、そういう心のありさまを「遠美近醜」、つまりこの娑婆世界のあらゆるものは、遠きにありては美しく、近づけば近づくほどに醜いと言い表しています。その例えとしてまず富士山があげられ、遠くから眺める分にはその姿や峰の雲はとても美しいけれども、いざ登ってみると岩肌はあんがい醜いことに驚かされるでしょう、と言います。あるいは油絵や銀座の街や有名人、さらには希望していた学校や仕事なども一緒だと。いざ生活を始めてみると、「こんなはずではなかった」というように、思い描いていた美しさがくずれるような事態にぶつかっていくというのです。

西原理恵子の世界

ここで思い出されるのが、西原理恵子さんの『ぼくんち』(小学館)という漫画です。
個人的な話ですが、私のこれまで読んできたなかで、まちがいなくナンバーワンの漫画です。

発売日: 1996年11月
著者: 西原理恵子
出版社: 小学館
サイズ: A5変
ページ数: 80p
ISBNコード: 4091792715

最底辺の街で最底辺の生活をする兄弟・一太と二太(父親は別)、そしてそこにある日突然やって来た姉・かの子(やはり父親は別)の物語。三人は、物語の序盤でいきなり母親に捨てられ、家も失ってしまいます。

ここで描かれているのは、言ってみれば、徹底的に「近醜」の世界です。登場人物はだれもが「しあわせ」に、あるいは「ふつう」に暮らしたいだけ。それなのに、負のスパイラルによって、あがけばあがくほど真反対の方向に進んでしまいます。


    おれとねえちゃんはしあわせになりたいだけなのに、
    なんでこんなにかっこわるいんだろう。(一太)

さらに読み進めていくと、しだいに最底辺だと思っていたよりもさらにどん底の世界が見えてきます。
しかし、それでもなぜか「美しい」と言わずにおれないものが同時にあふれてきます。

そして物語の最後は、一太と二太がそれぞれ生まれ育った街を出るところで終わります。その出るまでのエピソードがこれまた悲惨なのですが、いよいよ故郷を離れるとき、それまで生きてきたどん底の場所を遠くから眺めてみると、なぜか美しい。


    …ぼくは、ねえちゃんより背が高くなっていることに気がついた
    この日ぼくは町を出た。
    山の上から見るとぼくの家の煙が細く白くあがってきれいだった。(一太)

三度目の正直?

私はこれまで三度、生まれ育った故郷を離れるという経験をしました。
一度は、大学入学のためです。あとの二度は、実家のお寺を継ぐという確固たる決意をもって帰郷したのですが、いずれも(諸事情で)一年足らずで再び出て行くことになりました。

そして、その最後の離郷のとき、姫路発東京行の新幹線のなかから窓の外を見て、生まれ育った街並みやお寺の屋根などが目に飛び込んできたとき、まさに先ほどの一太の台詞が頭に浮かんできたのです。

そこから三年の月日が流れ、来月で東京生活を終えることになりました。東京という街は、遠くから眺める分には関西人特有の偏見もあって、決して美しくは見えなかったのですが、近づいて実際に生活してみると、イメージほどには悪くない街でした。

そして、今度こそ三度目の正直で帰郷する…はずでしたが、七月からお仕事の関係で、もうしばらく京都で生活することになりました。なかなか腰を落ち着かせることができませんが、これまでよりは近くなるので少し安心ですし、東京を離れるときにはどのような風景が映るのか、ちょっと楽しみです。合掌

文責:なわたっせん
勤務先 親鸞仏教センター
自坊  明泉寺 Facebookページ

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公開日 : 2016-5-12
最新更新日 : 2016-5-12