かきくけコラム :「イマハ、ドコデスカ?」03


imaha

毎週、てくてくひめじ界隈で得意な分野を持つ方々にコラムを書いていただくコーナー「かきくけコラム」。

「懐かしい未来」をキーワードに、豊かな暮らしや生き方を模索する、いまいみきさんのコラムです。

第3回目「土に還る」

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「これがね、アスピリンのもとになる植物だよ」
「これを煎じて飲めば、頭痛も治るよ。噛んでみるか?」
「この種をみてみろ、もっとよくみろ」

わたしはメキシコの山のなかで、マヤ人のおじさんと山をさまよっていた。
道なき道をただひたすら歩き、どこへ向かうのだろう?という少しの不安と、不思議なほどの大地への安心感とともに、気づけば3・4時間ただひたすら山のなかを歩いていた。

おじさんの行動はとても興味深い。わたしにひたすら植物の効能を言いながら歩くのだけど(教えてとは決して言っていない・・・)、もうひとつ、出来上がった種を「ほれ、みてみろ」と言わんばかりに採取しては見せてくる。そしてわたしに見せたあとは、足のかかとでコンコンと土を掘ったかと思うと、そっと種をそこへ投げ入れるのだ。そして土をかぶせる。ただひたすら、歩きながらこの作業が何時間も続く。おじさんは植物や木々に目を配り、まるで彼らと話をしているかのような様にみえる。その光景はとても神々しく、わたしは不思議な世界に迷い込んだような時間を過ごした。

いのちは巡りめぐる

おじさんの印象深かったところは、種をそっと大地に還すところ。大きなゴツゴツした手から放たれるやさしい愛情をわたしは感じたのだ。あの小さな種のなかに、たくさんの遺伝子細胞が詰まっているのかと思うと、ドキドキせずにはいられない。

動物・植物・ヒト・・・どんな命も永遠なんてものはなく、時間は限られている。その限られた時間のなかで懸命に生き、時に花を咲かせ、実をつけ、種を次へ送り出す植物の仕草をわたしは愛おしく感じる。本来、自然界のなかで種を蒔くという作業は、人間が手を加えずとも行われることなのかもしれない。だけど、そっと大地へ還すお手伝いを、かつての先人たちは、山に入っておじさんと同じような行動をとっていたのではないだろうか?と、ひとり想いを巡らせている。

人はかつて、山と生きる術を知っていて、山も人も元気で暮らせるようにと定期的に山に入り、自然とともに生きていたらしい。命が循環すること、巡りめぐっていることは、当たり前のようで当たり前ではない。命の尊さと神秘のなか、いま、わたしたちは山や自然界になにができるのだろう。というと、大きな事柄のように聞こえて、ピンとこないかもしれない。でも、おじさんのように、そっと種を土に還すお手伝いは、心に豊かさがあればできるのではないかなぁと思ったりしている。

大地へ視線を合わせることで、みえてくる美しい世界。身の周りにある山や公園を訪れた際は、よかったら一度植物や自然界の様子を観察してみてはどうでしょうか。きっと彼らは、たくさんの愛情を教えてくれるはずです。

第3回目・おわり。

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文責:いまいみき
かつらぎ自然のまなび舎 http://ameblo.jp/katuragimanabiya/

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公開日 : 2016-12-7
最新更新日 : 2016-12-2