かきくけコラム :「五週目のほんばこ」2

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1年に何度かある「第5週目」の水曜日にだけそっとていねいにつづられる、宮下ひろみさんの本についてのコラム「五週目のほんばこ」の2回目です。

段ボールの中には

みなさん、こんにちは。四ヶ月ぶりに五週目の水曜日がやってきました。季節は巡り、もう梅雨入り間近!蒸し暑い日が続きますね。

今回ご紹介する本は、古い印刷所を再興する女性の物語「活版印刷三日月堂」(ほしおさなえ著・ポプラ文庫)です。

本の話題に入る前に余談を少し。

三年前の秋、実家の戸袋から、重たい段ボール箱が二つ見つかりました。一つの中身は映画・演劇・美術展のチラシやパンフレット類、楽譜など。もう一つには大量の郵便物と未使用のポストカードや便せんがギッシリ。

箱詰めしたのは、もちろん私。それをすっかり忘れていました。

文字を覚え、書けるようになった頃から、手紙を書くのが好きで、従姉妹や遠方に住む祖母に宛てて書いていたのです。それに対する返信や学校でノートの切れ端に書いてやり取りしていた友人とのメモ書きまで、私が「手紙である」と判断したものは捨てずに、全て取っていたのでした。

あぁ、懐かしい。思い出だ、記念だ、と蓋を閉めて元に戻すことも考えたけれど、懲りずに忘れる自分が、数年後にまた同じことを繰り返すのが目に見えたので処分することにしました。シュレッダーの前に座り、一つずつ確認しながら裁断。

きれいな色のレターセットやポストカード、芋版・プリントゴッコ・写真付きの歴代の年賀状。様々な色と質感が混じり合い、細かく刻まれた紙の美しさ。袋に移しながら感じた手触りは独特で、ゴミとして捨てるのが惜しいくらいでした。

この整理を機に、紙類をもっと大切に扱うようになりました。なんとなくきれい、かわいいだけで便せんやカードを買わないこと。今手元にあるものは分類して、適切に使うこと。ショップカードやチラシは本当に必要な物だけ受け取ること。

ただそれだけのことなのですが、意識して使うと、カードも便せんも、今まで以上に役立ってくれるようになった気がします。

「活版印刷三日月堂」ほしおさなえ(ポプラ文庫)

さて、本題の小説の話題に戻りましょう。

舞台は歴史ある町並みが残る川越市の一角。
ある夜、数年前から閉まっているはずの古い印刷所に明かりが灯ります。不信に思って訪ねた住民の前に現れたのは、印刷所の孫娘・弓子でした。父を看取った後、空き家となっていた印刷所で暮らすために戻ってきたのです。

印刷所を切り盛りしていた祖父母は数年前に他界、活版印刷の需要も少なく、印刷所の再開は考えていなかった弓子でしたが、知人からの依頼でオリジナルのレターセットを復活させたことで、再び機械を動かし、印刷の仕事を受けるようになります。

喫茶店のショップカードとコースター、高校文芸部の栞、結婚式の招待状。
四つの短編の主人公が少しずつ重なり合いながら、次の物語に進みます。

私自身は印刷の事情に疎く、今回解説を読みながら「銀河鉄道の夜」の印刷所のシーンを思い返したり、活版印刷が主流だった時代のことを想像したりしていました。

この物語の魅力は、依頼者の持つ「伝えたい」気持ちを弓子が受け取って、紙と活字とインキを工夫して印刷物の形にするという、とてもシンプルなものです。
質感を持ってくっきりと浮かぶ文字と線だけの表現。

データのやり取りや、家庭での印刷が容易にできるようになった時代だからこそ、その丁寧なものづくりの世界に惹かれるのだと思います。

作中で紹介される高浜虚子の俳句、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」に関するエピソードも興味深いです。

梅雨空の日や、ぽっかり時間が空いた時などに読んでみてください。

文:宮下ひろみ

あさのは商店

あさのは商店

姫路生まれ・姫路そだち。姫路→大阪→徳島→姫路。
肌の弱い自分が必要なものを近くで買えるとうれしいなーと、肌にやさしい日用品「あさのは商店」をしています。
趣味は、ウクレレ・縫い物・言葉の観察など。

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