かきくけコラム :「音声考古学的はりま地名さんぽ」01


音声考古学的はりま地名さんぽ
毎週、てくてくひめじ界隈で得意な分野を持つ方々にコラムを書いていただくコーナー「かきくけコラム」。

新しく始まるコラム、ゲンゴロウ先生と教え子ササキさんによる「音声考古学的はりま地名さんぽ」、1回目です。

さんぽ01 播磨という地名をめぐる謎

<登場人物>

ゲンゴロウ先生 : 音声学と東北アジアの言葉が専門の言語学者。好きな食べ物はりんご。

ササキ : ゲンゴロウ先生の教え子になって15年以上が経つ。最近やっと掃除のコツがつかめた。

開墾された土地

ゲンゴロウ先生 : 「ハリマ」という音で現在の播磨と呼ばれる地域を表していたのがいつからかはっきりしませんが、漢字が中国から日本に入ってくる5〜6世紀以前からあったようです。それは、「開墾する」という意味の、「ハル」の活用形「ハリ」に、場所を意味する「マ」が付いたもののようです。

ササキ : 播磨のハリって、開墾する、の意味だったんですか!?

ゲンゴロウ先生 : そうです。昔から開けた土地だったんでしょうね。愛媛県今治のバリ、も同じ開墾するの意味ですよ。

ササキ : へ〜!意味としては、播磨は「ひらけたところ」、今治は…「今ひらいた」?

ゲンゴロウ先生 : そうそう、今治の場合は、先にどこかひらけた場所があって、そこよりも新しく開墾された土地、という意味だったのでしょうね。

ササキ : ニュータウンって感じですか。

ゲンゴロウ先生 : そう。そして、長い年月が経って、今となっては古くからある土地です。

ササキ : 古くて味わいのあるニュータウンってありますもんね。

ハリマに漢字を当ててみると

ゲンゴロウ先生 : さて、「ハリマ」ですが、奈良時代の木簡や文献を見ると、「播磨」以外にも漢字の訓読みを使った「針間」や、音読みを使った「幡磨」「幡麻」「播麻」などがあり、漢字での表記は一定していませんでした。

ササキ : 針の間…なんか新鮮です。

ゲンゴロウ先生 : 「針間」の表記は訓読みで音の問題はクリア出来ていてよかったのですが、音読みでの表記も作られました。音読みでの表現は難しく、当時かなり工夫がなされたようです。まずたとえば「幡磨」です。「幡」の音はハン。「磨」や「麻」の音はマ。普通に読むと…

ササキ : ハンマですね。…音読みでハリマって表現するの難しくないですか?

ゲンゴロウ先生 : そうなんです。そこに、古代の漢字の扱いの工夫が見て取れるわけです。

ササキ : 古代の工夫!音声考古学ですね!

ゲンゴロウ先生 : 古代では、ハンのように-n(ン)などの子音で終わる字の使い方は、現代とは全然違っていました。今は「ン」で終わる言葉はたくさんありますし、普通に発音できますが、奈良時代の日本語には子音で終わる音はなく、当時の日本人には発音が難しいものでした。ですので、「ン」の後に母音を足して、発音しやすくしていました。

ササキ : あー、今でもtopのpで終わる音は発音できないから、最後にuを足して、toppuと発音していますね。部屋干しトップ!

ゲンゴロウ先生 : その通りです。そういうこともあって、例えばシナノを漢字2字で表記しようとすると、シナなんて音読みの字はないので、信(シン)sinに母音aをつけて、sinaにして「信濃」と表記したのです。

ササキ : シナノかぁ…音読みにこだわると難しいですよね。

ゲンゴロウ先生 : さらに、ヲニフ(現オニュウ)は「遠敷」の表記ですが、遠(ヲン)wonに母音iをつけて、woniにしています。また、サヌキの「讃岐」は、讃(サン)sanに母音uをつけて、sanuにしています。

ササキ : 母音がないと発音できない…母音に支えられてるみたいですね!

ゲンゴロウ先生 : そう!まさに支え母音というのです。元々音としては存在していた地名を漢字で表現するために、漢字の元の発音に独自のルールを加えて使いこなそうとしていたのですね。ハリマを「幡磨」と当てた場合はさらに複雑でした。幡(ハン)han(古くはpan)に、母音iをつけてハニhaniにして、さらに、ニniをリriに変えている。

ササキ : 漢字の音読みには、「ハリ」に近い音ってないですもんね。ちょっと強引な気が…

ゲンゴロウ先生 : ナ行をラ行に変化させた例は、他に数は少ないけど存在します。例えば、スルガの「駿河」表記の「駿」に「スル」の音を当てているものです。「駿」の元の音はシュンです。それをスンsunとして、母音uをつけsunu、さらにnをrに変えてsuruです。あと、ヘグリの「平群」表記のグリです。群の音のグンgunに母音iをつけてグニguniとし、さらにnをrに変えてグリguriとしています。

ササキ : ああ、駿河って昔から違和感がありました。どちらも苦心のあとが見られるというか、まあ、強引ですね。

ゲンゴロウ先生 : 実際、ナ行→ラ行という捻り技はかなり珍しいものです。私は中国南方音の影響があるのではないかと思っています。

何故、ハリマに「播磨」という字が当てられているか

ゲンゴロウ先生 : 「幡磨(麻)」はこれでいいとして、今使われている「播磨」について考えてみましょう。

ササキ : 播州(バンシュウ)のバンだから、さっきと同じですよね?

ゲンゴロウ先生 : それは大間違い!伝播(デンパ)とか播種(ハシュ)でわかるように、「播」の音はハです。古代の文献をみても全てハ。播磨ではハマとなってしまいます。ハリ(マ)に何故ハの音の字を当てたのか。これは、大きな謎なのです。

ササキ : さっきの私みたいに播の読み方をはっきり知らなくて間違ったんじゃないですか?

ゲンゴロウ先生 : 後世ならともかく、古代では間違いとは考えにくいことです。文献を調べても播をハンとしたものはありません。このことについて、ある研究者はこんな説を考えました。古代において、ハリマはハマとも呼ばれていたのではないか。

ササキ : ハマ…

ゲンゴロウ先生 : つまり、ハマ、ハリマ、二通りの呼び名があったのではないかということです。

ササキ : 確かにこのあたりでは、海側の地域をハマの方、とか、ハマ、とか言いますね。

ゲンゴロウ先生 : ハリマ(幡磨)と呼ばれていた地域と、ハマ(播磨)と呼ばれていた海側の地域が、後世に「ハリマ」という呼び名で統一され、播磨がハリマをあらわすようになったのかもしれません。面白いんですが、これを傍証する手段、証拠はまったくありません。

ササキ : ハリマ、ハマ、幡磨、播磨…だんだん混乱してきました。

ゲンゴロウ先生 : なお、ハリマの表記は、近世まで幡磨と播磨が両方使われていました。明治以降、ようやく播磨に統一されたようです。

ササキ : 播磨の表記は謎が深いですね…でも、謎を謎のままに、なんとなくふわっと今に着地しているのがおもしろいです。

文:ゲンゴロウ先生と、教え子ササキ

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公開日 : 2016-7-13
最新更新日 : 2016-7-13