毎週、てくてくひめじ界隈で得意な分野を持つ方々にコラムを書いていただくコーナー「かきくけコラム」。
1年に何度かある「第5週目」の水曜日にだけそっとていねいにつづられる、宮下ひろみさんの本についてのコラム「五週目のほんばこ」の4回目です。
『今日』 作者不明・伊藤比呂美訳(福音館書店)
今回ご紹介するのは、作者不明・伊藤比呂美 訳の詩『今日』です。
子どもがなかなか寝ない夜、歌のレパートリーが尽き、自分でヘンテコ歌を作るのにも飽きて、詩を読むことを思いついた。赤ちゃん向けの詩を探していたら、まどみちおさんの詩集と、『今日』が見つかった。
この詩のことは、昨年秋に放映されたドラマ「この声を君に」を見て知った。
私は今日お皿を洗わなかった
きのうこぼした食べかすが
床の上からわたしを見ている
はじめ詩と気づかず聞いていてドキッとする。
何があったんだろう?
滞った部屋の描写が続いて
人に見られたら
なんていわれるか
ひどいねえとか、だらしないとか今日一日、何をしてたの? とか
ますます心配になる。
後半は一転、子どもと過ごした一日の様子が語られる。
そして最後の締めくくりが
ほんとにいったい一日何をしていたのかな
たいしたことはしなかったね、
たぶん、それはほんと
でもこう考えれば、いいんじゃない?今日一日、わたしは
澄んだ目をした、髪のふわふわな、この子のために
すごく大切なことをしていたんだってそしてもし、そっちのほうがほんとなら、
わたしはちゃーんとやったわけだ
ホッとした。
朗読していた女優さんの声と相まって、しみじみと温かい気持ちになった。
ドラマを見ていた当時の私は、育児のことはわからなかった。
友人から悩みを打ち明けられてもひたすら聞くしかなくて、なんと言葉をかけたらいいのか、戸惑うことが多かった。
そんな時に、こんな詩があるんだよ、と伝えることができていたらよかったな、と思った。
そして一年後の今、偶然再会したこの詩に、また違った意味で励まされた。
子どもはかわいい、でもどうにも上手く回らない日があって、雑然とした部屋の中で一日を終えることがある。そんな日のモヤモヤした気持ちが和らいだ。
この詩は、ニュージーランドの子育て支援施設に伝わる作者不明のもの。
長く育児雑誌を編集していた関口香さんがみつけ、友人である詩人の伊藤比呂美さんに翻訳を依頼した。
あとがきで伊藤さんが “気がついたらネットに出回っていました” と書いているとおり、本が出版されるよりも前に、詩に共感した親たちの間に広まっていったそうだ。
子育てに限らず、何か大変な状況にある時に、ふと気持ちを和ませる優しい言葉が傍にあると救いになる。
下田昌克さんのやわらかなタッチの絵も素敵な一冊。
文:宮下ひろみ