毎週、てくてくひめじ界隈で得意な分野を持つ方々にコラムを書いていただくコーナー「かきくけコラム」。
1年に何度かある「第5週目」の水曜日にだけそっとていねいにつづられる、宮下ひろみさんの本についてのコラム「五週目のほんばこ」の9回目です。
ここのつめのほんばこ|『深呼吸の必要』長田弘・著(ハルキ文庫・角川春樹事務所)
みなさん、こんにちは。
今回ご紹介するのは
「深呼吸の必要」長田弘 著
ハルキ文庫(角川春樹事務所)
です。
深呼吸、必要だなぁ。
直球なタイトルに惹かれて買ったものの、なかなか読み進まない。
理由は主語だ。
著者の回想を読んでいたつもりが、突然「きみ」と呼びかけられる。
本来「私」が入るべき箇所が全て「きみ」になっているのだ。
いえいえ、私、そんな体験してませんよ?そぐわない服を無理に着せられた感じで、ムズムズする。
一度挫折したものの、気になって読み進める。
おおきな木、鉄棒、露地、梅林、花屋さんの店先。
懐かしい風景の中を散歩している自分の姿が浮かんできた。不思議だ。
読み終えて、とてもゆったりした気持ちになった。
後記を読んで「きみ」の謎が解けた。
言葉を深呼吸する。あるいは言葉で深呼吸する。そうした深呼吸の必要をおぼえたときに、立ちどまって、黙って、必要なだけの言葉を書きとめた。そうした深呼吸のための言葉が、この本の言葉の一つ一つになった。
本は伝言板。言葉は一人から一人への伝言。
伝言板のうえの言葉は、一人から一人へ宛てられているが、いつでも誰でもの目にふれている。いつでも風に吹かれているが、必要なだけの短さで誌された、一人から一人への密かな言葉だ。伝言が親しくとどけば、うれしいのだが。(後記)
ありがとう。「きみ」からの伝言、親しくとどきましたよ。また次の誰かにとどきますように。
文:宮下ひろみ