毎週、てくてくひめじ界隈で得意な分野を持つ方々にコラムを書いていただくコーナー「かきくけコラム」。
「陽文庫-アキラブンコ」のみずいけさんと、ブックカフェ・トキシラズの山本さんがかわりばんこにつづる、本にまつわるコラム「ブックブック こんにちは」、55回目はトキシラズ山本さんです。
55のブック
『櫛挽道守』木内昇 集英社文庫
『櫛挽道守』
発売日: 2016/11/18
著者: 木内昇 著
出版社: 集英社
ページ数: 424ページ
サイズ: 文庫
ISBN: 978-4087455137
2020年はジェンダー問題が目につく一年でした。これは、私の中で問題意識が強まったのだと思うのですが、映画を見に行っても、小説を読んでいても「あー、これは!あー、これも!」と考えてしまいます。もちろんこれは、自分が乗っている車がやたら街で目につく→自分の車メジャーだ。という錯覚と同じで、これまで見逃していただけで、男女差別の問題は、ずーっとあったことは分かっているつもりなのですが、それでも尚、盛り上がっているなぁ!という印象を受けます。
『櫛挽道守』は直木賞作家・木内昇さんが2013年に発表した長編小説です。幕末期の地方都市を舞台に、主人公 登瀬が近郊第一の櫛作り職人である父の技に憧れ、その道に進もうとする物語です。
登瀬は父、母、妹との4人暮らし。母と妹はいわゆる「女の幸せ」つまり、結婚して子供を産み、夫を支えるという生き方を良しとする、時代一般の感覚を持つ人。登勢はその価値観を疑っているわけではありません。なんなら、そうあるべきだとさえ思っている。ですが、ただ純粋に「父のような技を身につけたい」という想いがある。するとどうしても、世間の習慣に反発することになってしまいます。世の中の普通と自分のやりたいこと、その板挟みの中で、登勢は結婚や職人世界(いわゆる男社会)とどう接していくのか、選択が迫られていきます。
人物の設定やストーリー展開、時代設定など、どれをとっても見事な小説になっていて、一箇所引用しますと。冒頭、子供時代の登瀬が井戸に水くみに行く場面。水を持った登瀬は「ひい、ふう、みい、」と数を数え、拍子をとなえながら歩いています。話しかけても返事もしないことから、周りの女性たちは「登瀬の無言参り」といってからかいながらも、微笑ましく見守っています。実は登瀬は子供の頃から父の技の凄さは拍子、つまりリズムにあるのではないかと考え、訓練のためにこの歩き方を考えだしていたのです。
少女の慧眼恐るべしですが、それだけ父の技を研究し、父のようになりたいという強い思いが見て取れます。また、周りで見ていた女房たちの様子から、登瀬の一家が温かく、尊敬の念を持たれて遇されているかもうかがい知ることができます。
しかし後に、登瀬が結婚せず、櫛作りを続けていく中で、だんだんと村人たちは態度を変えていきます。つまり、村人は世間の風当たりのバロメーターとしても機能しているのです。冒頭の1シーンだけでも無駄のない話運びで、さすが直木賞!と言いたくなる安定的で高水準な小説です。
果たして登瀬は櫛を作り続け、技術を習得することができるのか、そして、生き方を貫いたときその道の先に何が見えるのか、ぜひぜひ読んでみてください。
文:山本岳史(トキシラズ)
ブログ ブックカフェ・トキシラズ