かきくけコラム :「音声考古学的はりま地名さんぽ」02


音声考古学的はりま地名さんぽ
毎週、てくてくひめじ界隈で得意な分野を持つ方々にコラムを書いていただくコーナー「かきくけコラム」。

ゲンゴロウ先生と教え子ササキさんによる「音声考古学的はりま地名さんぽ」、2回目です。

さんぽ02 宍粟という地名をめぐる謎

<登場人物>

gengorou200ゲンゴロウ先生 :
音声学と東北アジアの言葉が専門の言語学者。
好きな食べ物はりんご。

sasaki200ササキ :
ゲンゴロウ先生の教え子になって15年以上が経つ。
最近エアコンから水が漏る。

難読地名の定番、宍粟

ゲンゴロウ先生 : 「宍粟」は、『日本書紀』によると、垂仁天皇3年に新羅の王子が宍粟邑に滞在したという記事や、『播磨国風土記』の宍禾郡の条、また7、8世紀の木簡などにも出てくる、かなり古い地名です。 「宍粟」の次に「宍禾」が多く、風土記や木簡に「積嶓」というのも見られます。

ササキ : …読めない…どれも、「しそう」って読んでいたんですか?

ゲンゴロウ先生 : いえいえ…古代には「しさは」、それが「しさわ」になり、中世から「しそう」に…

ササキ : で、でた…!音の変化!!

ゲンゴロウ先生 : よーし、細かく私の推定する、音の変化についてお話しましょう!

ササキ : ヒャッホー!!

ハヒフヘホはパピプペポ

ゲンゴロウ先生 : chisapa → chisafa → chisawa → sisawa → sisou → sisoo こういう風に音が変化したと考えています。最初、chiから始まっているのは、古くは言葉の最初のシはchiと発音していたことからです。

ササキ : ちさぱ…?ぱ…?今の「しそう」からすると、かなり距離を感じますね…

ゲンゴロウ先生 : そう、古代ハ行の音はpで、その後、f(正しくはɸ)で発音していました。ですから平安時代の初めには、「かは(川)」「いは(岩)」「かはる(代わる)」などの「は」はみなfaファだったのです。川はカファ、岩はイファ。

ササキ : 「かは」、古い文章で見かけますね、『そいつは鳥だよ。かせみと云ふんだ。』

ゲンゴロウ先生 : 宮沢賢治の『やまなし』ですか。

ササキ : 好きなんですよ。先生、この「かせみ」は、今、私たちは「かせみ」のことだな〜と変換しながら読んでます。でも、昔は「かせみ」とか、「かふぁせみ」とか言ってたんですね。

ゲンゴロウ先生 : ついでに言うと「せ」はシェだったから、「かはせみ」はカファシェミですね。

ササキ : 今聞くと、入れ歯が合ってない感がすごいです。

ゲンゴロウ先生 : ところがです。その「ふぁ」は、語中にかぎって平安の中頃にすべて「」に変わります。川はカファ(kafa)からカワ(kawa)、岩はイファ(ifa)からイワ(iwa)になって今と同じ発音になったのです。

育たなかった音韻変化

ゲンゴロウ先生 : 語中のfが一斉にwの音に変わるような現象を、「音韻変化の規則性」といいます。しかし、この変化が途中で止まってしまうこともあるのです。

ササキ : 途中で止まる?

ゲンゴロウ先生 : 変化が広く一般化しなかったということです。

ササキ : のれなかったんですね、ビッグウェーブに。

ゲンゴロウ先生 : この、途中で止まってしまったものは、「育たなかった音韻変化」と呼ばれています。

ササキ : シェンチメンタル…。

ゲンゴロウ先生 : 今までは、chisapa → chisafa → chisawa ここまでの話をしていました。ここからは、sisawa → sisou → sisoo この部分の話です。「さわ」、が、どうして「そう」になったのか。

ササキ : それが、さっきの「育たなかった音韻変化」の話ですね。

ゲンゴロウ先生 : たとえば、掃除の時に使う箒(ほうき)。10世紀までは、「ははきfafaki」(羽掃きの意味)と呼ばれていました。これが、先ほどの語中のfがwへ一斉変化して、ハワキfawakiとなりました。

ササキ : 「音韻変化の規則性」の部分ですね。

ゲンゴロウ先生 : さらに同じ時期、-awa-が-ooとなり、今の「ほうきhooki」となったと考えられます。

ササキ : ふぁふぁき、ふぁわき、ほーき…。この -awa- → -oo の部分が育たなかったのですね。

ゲンゴロウ先生 : 人名「河野さん」は「こうの」とも読むことがありますが、これもkawa → koo。この –awa- → (-au) → -ooの変化は中世に生じ、ある程度は広がったものの、一般化しませんでした。

ササキ : 「河野さん」のこと、「かわのさん」と読むこともありますもんね。

ゲンゴロウ先生 : 「かわら(瓦)」kawaraはコーラにならなかったし、「あわ(泡)」awaはオーにはなりませんでした。単語によっては変化し、一部は変化せずに古いままです。

ササキ : だって、瓦がコーラだったら、コーラは何て言えばいいんですか。

ゲンゴロウ先生 : そう、あまりにも同音異義語を多く生じさせるので、抑止力が働いたのでしょうね。

ササキ : 同音異義語…ことばの交通事故現場…。宍粟の「さわsawa」が「そうsoo」に変化したのも、この「育たなかった」変化なんですね。

ゲンゴロウ先生 : いわゆる難読地名の中には、この「育たなかった」変化によって説明できるものがいくつか見られます。この近辺で言うと、「下河野(けごの)」(宍粟)、「皆河(みなご)」(姫路)、「河間(こばさま)」(姫路)。他にも、「大沢(おおそ)」(三木)、「大沢(おおぞう)」(神戸)なども、このsawaからsooへの変化によるものです。「淡河(おうご)」(神戸)は、awagawa → oogooと、1語に2つ入っているパターンです。「馬渡谷(もおたに)」(加西)はmawatani → mootani ですね。

ササキ : 育たなかったゆえに読みのパターンとして定着してなくて、わかりにくいんでしょうね。

肉って何語?

ササキ : ところで先生、そもそも宍粟の「宍」の字自体が、読めないというか、日常的にはあまり見かけない漢字ですよね?

ゲンゴロウ先生 : 宍は肉の異体字です。「煙」と「烟」みたいなものでしょうか。

ササキ : 肉のことだったんですね!地名に肉かぁ。

ゲンゴロウ先生 : ちなみに「にく(肉)」ってもともと日本語(和語)だと思いますか?

ササキ : え、違うんですか?

ゲンゴロウ先生 : 実は、中国語です。7、8世紀の唐の時代に、肉(=宍)はniukと発音していました。これが外来語として日本に入ってきたものが、そのまま今も使われているのです。ちなみにその後中国ではniuk → žiuk → riuk → riu(宋代にkがなくなる) → riou → rou と、大変化をします。

ササキ : 元の面影が全くないですね。先生、ニクが外来語だとしたら、元々日本では動物の身のことをなんて呼んでたのですか?

ゲンゴロウ先生 : シシです。干し肉は「ほしじし」、歯茎を「はじし」、などといいました。肉のことを「シシ」と呼んでいましたが、獣自体も「シシ」と呼んでいたのです。当時は猪と鹿が主な獣肉なので、猪を「ゐのシシ」、鹿を「かのシシ」といっていて、その後「ゐのシシ」のみが定着しました。

肉とごはんタウン

ゲンゴロウ先生 : そして、「宍粟」「宍禾」のもう一つの漢字、「粟」「禾」は、穀物の「あは(のちにアワ)」。古代、米とならぶ重要な穀物でした。

ササキ : つまり、宍粟って、肉!ごはん!みたいな意味だったのですか?むちゃくちゃ魅惑的…

ゲンゴロウ先生 : 「しさは」の語源が本当に肉シシと粟アハであったかどうかは別として、もともと漢字がなかった「しさは」という音に漢字を当てようとした7~8世紀の知識人は、シサハという音を、シシ(肉)+アハ(粟)に分解して、字を当てようと考えたんですね。

ササキ : おそれながら…先生、シシ+アハだったら、シシアハで、シサハになりませんが?

ゲンゴロウ先生 : いえ、奈良時代の日本語は、母音が続くのを極端に嫌いました(これを母音接続(hiatus)回避規則といいます)。ですので、シシchisi+アハapaのchisiの語尾の母音iが脱落して、シサハchisapaとなるのです。

シシと出会った奇跡

ゲンゴロウ先生 : 奈良時代にできた『播磨国風土記』には、シサハの由来について、こんな風に書いています。この地を経営した伊和の大神が舌を射られた大鹿と出合った。

ササキ : それで?

ゲンゴロウ先生 : それだけです。つまりシシ(鹿)+アハ(遇)でシサハが出来たという話なのですが、こじつけですね。風土記の時代、すでに宍粟の字を使っていたのに、「粟」を採用しなかったのは不可解です。

ササキ : いや〜私はわかるような気がしますよ。肉!ごはん!だと意識低そうと思われたくないとかじゃないですか。

ゲンゴロウ先生 : 阿波の国は実際、粟が由来ですから、別に肉と粟が由来でもいいのです。でも、古い地名は形による素朴な命名が多いことを考えれば、別の解釈もできると思います。シサハは、シシ+アハではなく、シ+サハ(沢)であるとか。

鹿の沢と猪の沢?

ゲンゴロウ先生 : サハ(沢)は、古くから東日本では渓谷を、西日本では沼沢・湿地を指していました。宍粟は、揖保川が蛇行した部分、菅野川と合流する手前の低湿地であったことを考えると、いいかもしれません。されば、シサハのシは何かというと…

ササキ : 鹿沢!!宍粟の中心に鹿沢(しかざわ)っていう地名がありますよ!

ゲンゴロウ先生 : それで?

ササキ : 鹿はシシって呼ぶこともあったんですよね?だから、シシ+サワなんじゃないですか!?あっさらに近くに伊沢っていう地名もある!これは猪の沢なのかも!鹿の沢と猪の沢!

ゲンゴロウ先生 : うーん、シシ(猪・鹿)サハ(沢)、いいかもしれませんね。シシサハはシサハになりやすいからです(重音省略(haplology))。でも、伊沢の伊が猪というのはいただけませんね。伊はイで猪はヰ(wi)ですから。

ササキ : 夢見ちゃってたみたいです…

ゲンゴロウ先生 : あるいは、シサハのシはイシ(石)のイが落ちた形かもしれません。語頭イはよく脱落します(イバラ→バラ)。そうすると、シサハは「石の多い低湿地」という面白くも何もない語源になってしまうね。まあ現実はそんなもんかな。

謎は深まる

ゲンゴロウ先生 : 宍粟に関しては、もう一つ気になることがあります。実は、岡山県総社市にも、宍粟(しさわ)があるんです。播磨の宍粟と同じように、川(高梁川)の蛇行した部分、槙谷川との合流付近です。地理的に非常によく似ています。しかも、その北には「みなぎ(美袋)」がある。吉備の宍粟と播磨の宍粟、関係があるのでしょうか?両者とも古代に鉄で栄えた地域であり、渡来人と関係があるところとも言われています。

ササキ : そっちは「しさわ」で止まってるんですね!

ゲンゴロウ先生 : そう、育たなかったのです。

ササキ : もしかして訳あって故郷を離れざるを得なかった人たちが、故郷に似せたコロニーを作ったとか…ネオ宍粟…ますます謎が広がりますね。

文:ゲンゴロウ先生と、教え子ササキ

公開日 : 2016-8-10
最新更新日 : 2016-8-10

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