かきくけコラム :「イマハ、ドコデスカ?」06


imaha

毎週、てくてくひめじ界隈で得意な分野を持つ方々にコラムを書いていただくコーナー「かきくけコラム」。

「懐かしい未来」をキーワードに、豊かな暮らしや生き方を模索する、いまいみきさんのコラムです。

第6回目「好奇心のタネ」

田舎のとある村のなかを歩いていると、家の壁にまぁるい手形がいっぱいついていた。「なんて可愛らしい模様の壁なんだろう・・・!」それがはじめてみたときの感想。旅を続けるなかで、このような手形を幾度も目にした。あまりにも手形があちこちに散りばめられているものだから、わたしはそれらが気になって仕方がなかった。

ある日、散歩をしていると、子どもたちが壁に例の手形をいっぱいつけていた。あ!!あの手形や!!!!とんでいって尋ねると、こどもたちが面白そうに手形をこしらえている。ふと、こねてつくる先をみると、なんと・・・牛のフンではないか・・・!え、これはフンを壁に丸めて壁にぶつけるシュールな遊びですか・・・?

燃料にするんだよ

その日は、なんとも言えぬカルチャーショックで家に帰った。そしてステイ先のママに、今日の出来事を話した。インドのこどもたちは牛のフンで遊ぶのか、と。すると、ママは笑いながら「あれは乾いたら燃料にするんだよ。乾燥したら、壁からぽろっと取れるから、それらを集めて薪代わりにして、ご飯をつくったり暖をとったり。まぁ、田舎でも最近はそういう光景をみることが少なくなってきたけどね~」とさらっと言われた。

え・・・燃料?!牛のフンて燃えるの?!!

次の日、わたしはまた村を訪れ、こどもたちに昨日の「燃料話」を尋ねた。すると、あるこどもが家の台所に招いてくれた。すると、土でつくられた窯のような土台のうえに鍋が置かれていて、ちょうど火をつけているところだった。あ、あのフンを燃やしてる・・・!

・・・本当かどうか分からないけど「フンを燃やしてつくるご飯は美味しい」と聞く人聞く人がみな話してくれた。たしかに、それらで調理されたごはんを食べたが、とても美味しかった(気持ちの持ちようかもしれないけど)し、フンはよく燃えて火のムラが少なく、しかも長くもつと彼らはいう。

牛が草を食べて排出したフンが、人間の手によって意図的に乾燥され、それらはやがて燃料となる。この循環の仕組みを目の当たりにしたわたしは、なんてすばらしいんだろう!とひとり興奮していた。そしてもう、自分の好奇心は止められなくなっていて、次の瞬間「これをやってみたい」と口にしていた。

あるもので補う暮らしのあったかさ

どこぞの外国人が、牛のフンを喜んで触っていた・・・と村中の噂になったことは後からママに聞かされたこと。「彼らは燃料に必要だから仕方なくつくってるんだよ。それを嬉しそうに触ってつくったなんて・・・!」と笑いながら、なぜか誇らしげに褒めてくれたママ。

フンはとってもあったかくてやわらかかった。そして「汚い」ものでは決してなかった。草や藁が混じったフンを丸めて壁にぶつけて平にしていることも、燃えやすいようにしているのだと、やってみて気づいた。

なにより、循環している様子がシンプルで良い!燃料をお金で買ったり、わざわざ木を伐採しなくても、そこにあるもので補う暮らしを営んでいる人たちが、同じ地球で暮らしていることがなんとも嬉しかった。人がつくりだすぬくもりは、なんともあったかくて心地よいものです。

フンは家の壁や床にも塗って活用されており、虫よけになると話していた。本当かどうかは住んでないから分からないけれど、知恵が伝わり今に至るのであれば、本当・・かもしれない。

日本では、スイッチを押せば電気もつくし、ひねればガスもつく。そんなのは当たり前の時代なのだけど、もしもガスも電気も使えなくなったらどうする?ってそんなことがあっても牛や馬がいなければ、上記のような活用はできないかもしれないけど。日本で牛のフンは肥料等に活用されているけど、日本の市場で「牛フンの燃料あります」なんてものをみることができたら、わたしは思わず顔がにやけるだろう。

「懐かしい未来」にアンテナをはって日々生きているけれど、どうも自分の好奇心は、ただ「懐かしい」だけでなく、新しいナニカにつながるものを模索しているように感じる。そして、密かに「牛フン燃料計画」ならぬ「馬フン燃料計画」の妄想をして、ほくそ笑んでいるわたし。いつか近い将来、わたしが姫路で牛や馬と共に生きていたら、そのときは一緒にフンを燃料にして、美味しいご飯を一緒につくって食べませんか?

文責:いまいみき
かつらぎ自然のまなび舎 http://ameblo.jp/katuragimanabiya/

公開日 : 2017-3-1
最新更新日 : 2017-2-25

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