かきくけコラム :「お坊さん、故郷を想う」08


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姫路出身のお坊さん・なわたっせんさんの8回目、最終回です。お楽しみください。

08の想起「ドウテイ」

途中下車

先月末、3年間生活をしてきた東京を離れました。

東京に出たのは、本山(東本願寺)が東京に構える研究所で勤務するためでしたが、もともと3年の任期が終わればまっすぐ姫路の自坊へ帰ることになっていました。が、何とこの7月からは京都の研究所で仕事をすることになりました。

関西には戻りましたが、故郷へたどり着く前に京都で途中下車したような心持ちがします。

通過点

今から9年前に京都の宗門大学の大学院を修了した際、そこから先、研究者としての道を進むか、故郷のお寺に帰るか大いに迷いました。結局は学問の道を断念し、実家のお寺へ帰りました。

それなりの覚悟と希望をもっての帰郷でしたが、そこでの生活は思い描いていたものとはかけ離れており、予想以上に暇なお寺であることが発覚しました。そのため、煩悶と後悔がつのり、「こんなはずじゃなかった」と愚痴を吐く日々が続きました。

そのような苦渋の生活を3ヶ月ほど続けていたとき、思わぬルートから本山の学校教育に関する仕事の紹介を受け、故郷を離れて京都へ再び出ていくことになりました。

先日、当時書いていたブログを久しぶりに見てみると、京都へ行く前日の記事は次のような言葉で結ばれていました。

…さて、前置きが長くなってしまったが、この度、急な事情で8月1日より京都の東本願寺というお寺で勤務することになった。7月13日に連絡が入り、わずか5日後の昨日に正式決定した。
噂には聞いていたが、とてもバイオレンスな人事である。

お寺での勤務ではあるが、その実態は、いわゆる「サラリーマン」とあまり変わりない。
仕事の内容は、はっきり言って、僕の理想とする「お坊さん」像とは大きくかけ離れている。
しかし、最初に話を聞いた時から別の視点での魅力、「職業」としての魅力を強く感じている。
期間も3年~5年という限定なので、今しかできない仕事として力を尽くしたい。

だから、あくまでも通過点だと考えている。
道なんてものはどこまで行っても中途半端な通過点に変わりないであろう。
たかが通過点、されど大切な通り道。
ならば、その通り道を空過するかどうかは自分の努力次第。

そして、今「生き様」として大切にしたいことは、環境が変わっても継続していきたい、そして努力次第で実現可能だと思っている。

あつい…そして、めいいっぱい強がりながらも、どことなくしみ出てくる苦渋の思い。
照れくささに駆られながらも、現在も基本的には変わらぬ想いであることに、少しうれしさを感じました。

私にとって、故郷を離れての仕事とは、やはりどこまでも行っても通過点。
そのように思えるのは、きっと帰るところがはっきりしたからなのでしょう。

道程

実はいろいろな事情により、勝手ながら今回でこのコラムは最終回となります。

本当は「仏教を研究するとはどういうことか」など、いろいろと書いてみたいことがあったのですが、中途半端なところで終わらせていただきます。そのあたりのことは、私が本当に姫路へ帰郷したおりに、再び機会をいただけるのでしたらチャレンジしてみたいと思っています。

最後に、いつも深夜に論文を書くときにエンドレスで聴いている、タテタカコさんの「道程(みちのり)」という歌の引用をもって、締めくくらせていただきます。合掌

独りで歩く道程が 寂しいものだと感じたとき
ぬくもりをもつ生きものたちは 互いに手をとりはじめる

望みが人の性なら 行く手には荒波が来ようとも
眼差しを遠くまでもつことが 喜び 光 生きること

出逢いが人を変えるのなら まだ見ぬあなたを待ちましょう
身体を流れる水たちは 自分に嘘をつけないから

目に見えるものはいずれ 消え失せても 心に響くものは残っていく
わけてください あなたの気持ちを

今悲しいのなら ここで涙を流し 今嬉しいのなら 笑ってしまおう

(タテタカコ「道程」)

文責:なわたっせん
勤務先 真宗大谷派教学研究所
自坊  明泉寺 Facebookページ

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公開日 : 2016-7-6
最新更新日 : 2016-7-6