かきくけコラム :「ブックブック こんにちは」39


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毎週、てくてくひめじ界隈で得意な分野を持つ方々にコラムを書いていただくコーナー「かきくけコラム」。

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「陽文庫-アキラブンコ」のみずいけさんと、ブックカフェ・トキシラズの山本さんがかわりばんこにつづる、本にまつわるコラム「ブックブック こんにちは」、39回目は陽文庫みずいけさんです。

39のブック

「断片的なものの社会学」岸政彦

発売: 2015/05/30
著者: 岸政彦
出版社: 朝日出版社
サイズ: 四六判
ページ数: 244ページ
ISBN: 978-4255008516

著者の岸政彦さんは個人の生活史を聞き取りながら社会を考える社会学者です。この本は、人の語りやエピソードの中にある「解釈できない出来事」をめぐってのエッセイで、私達が聞いたところで読んだところで、シェアもできないし、どうしたら良いのか、どう捉えたら良いのかわからない話がたくさん出てきます。

けれど、僕の印象に残っているのは人の語りではなく、著者の岸さんが語っている箇所です。長い抜粋になりますが、印象に残った箇所を抜粋します。

幸せのイメージというものは、私たちを縛る鎖のようになるときがある。同性愛のひと、シングルのひと、子どもができないひとなど、家族や結婚に関してだけでもこれだけいろいろな生き方がある。それだけではなく、働き方や趣味のありかたなど、生きていくうえで私たちがしているありとあらゆることについて、なにか「良いもの」と「良くないもの」が決められ、区別されている。

ここから、考え方がいくつかに分かれる。おそらく、そのなかでもっとも正しいのは、極端にいえば「良い」と思うことをやめてしまうこと、あるいは、そこまでいかなくても、それが「一般的に良いものである」という語り方をやめてしまうことだろう。

ある人が良いと思っていることが、また別のある人びとにとっては暴力として働いてしまうのはなぜかというと、それが語られるとき、徹底的に個人的な、「〈私は〉これが良いと思う」という語り方ではなく、「それは良いものだ。なぜなら、それは〈一般的に〉良いとされているからだ」という語り方になっているからだ。

完全に個人的な、私だけの「良いもの」は、誰を傷つけることもない。そこにはもとから私以外の存在が一切含まれていないので、誰を排除することもない。しかし、「一般的に良いとされているもの」は、そこに含まれる人びとと、そこに含まれない人びとの区別を、自動的につくり出してしまう。
(P110〜p111)

結婚しているしていない
彼氏彼女がいるいない
子どもがいるいない
正社員である、非正規社員である

他にも例はあると思いますが、なんとなく「これが良いことだ」という〈一般的な〉なものがたくさんあるように思います。

『子ども、というものは、この社会ではもっともわかりやすく強力な幸せのシンボル』(p109)

本書では「子どもがいるいない」ということが、この抜粋した文章の前後に具体例として出てきていますが、例えば〈一般的に〉一番美味しいカレーがあるとして、しかしそれは誰にとっても美味しいカレーだと思える確証はない。けれど、人から「どこの店が美味しいですか?」と聞かれると、なんとなく安易に「ここです」と答えてしまうことがよくあります(この本を読んでからは、なるべく〈私は〉この店が美味しいと思います、と答えるようにしていますが)。

自分で本を販売しているときでも、「どの本がオススメですか?」とよく聞かれます。聞いてくれた人はそこまで深い意味なく聞いているケースも多いと思いますが、厳密にいうと、答えきれない。

物事の判断でどうしたら良いかわからないときに、ちょっとした「こうした方がいい」というのを頼りに決めていかないといけないのはわかるのですが、例外なく誰にとっても共通して幸福だ(これは良いことだ)と感じられる物語というのは論理的にもない気がします。

「とらえどころもなく、はっきりとした答えもない、あやふやな本です」 と、あとがきで著者は語っていますが、著者の語りを聞いていると、世の中にこんな考え方をしている人がいるんだと感じられ、ある人にとっては勇気づけられ、ある人にとっては心がざらついて、すぐに本を閉じてしまいたくなるような本だと思いました。

「いま、世界から、どんどん寛容さや多様性が失われています。」 から始まる、あとがきの文章も素晴らしいと思いましたので、またよければあとがきだけでも読んでみてください。

おわり

文:みずいけあきら(陽文庫)
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公開日 : 2019-7-10
最新更新日 : 2019-7-10