毎週、てくてくひめじ界隈で得意な分野を持つ方々にコラムを書いていただくコーナー「かきくけコラム」。
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姫路の言葉が好きな、あさのは商店店主・篠原玲子による「おばあちゃんZの言葉」の2回目です。
過去の連載記事はこちら
01の言葉 何しよってん ゆーて ゆーたらな
Zの言葉02
Zの従姉についての話です。
Z : 子どものときからあんなんや。女学校行っきょーときなんか有名やった。ほいで、優等で卒業した。
R : へー、子どものときから。
Z : 今でもえらいんやで。なにするんでも。なにかせな、惜しかった子やなー思う。なんでもできるから。
R : 勉強も?
Z : んー勉強できるし、頭ええし、なんでもできそーな子や。手先も。字はきれーし、和歌詠んでもすごいし。
R : あーお習字きれーや。和歌もできるん。
Z : んー。何したって。ほいで、今、洋裁しよってやけど、洋裁も、友だちにおんなじよーに行っきょっての人が、「もう、わたしらひとつする間に、3つ縫うてんや」。それがすごいんや。手ーもきれーし。
R : 上手なん。
Z : はかい、せんせが「あー、あなた、どっか、なんかやっとーのに、あれやね」ゆて、あの、お金がないから勉強できひん。行かれへん。はかい、そんな子ーや、あの人ら。そら専門学校行くとかしたら。惜しい人やなーと思う。
R : もったいないな。
Z : ほんで、あんた、お父さんの代わりに代書。行政・・・
R : 行政書士?
Z : 書士。お父さんの代わりに警察行っきょって、ほいで、巡査と恋愛して、結婚して。ちょっとあそこの派出所におるさかい、Zちゃん見にいってくれるかーゆて。
R : 何を?その相手の人、見に行ったん?
Z : 見たってわからへん。ほいで、ごっつい恋愛してもた、しゃーないやん。
<2004年5月に収録・読みやすいように加工>
行っきょっての人
「先生が言いよってや」のように「て」を挟む形の尊敬語は、方言研究の世界では「テ敬語」と呼ばれています。テ敬語は「~しはる」ほど有名ではありませんが、文献によると、地理的・歴史的にはぽつぽつと使用が見られるようです。数十年前の研究では神戸言葉の特徴とされていますし、山陰地方が舞台のドラマや京都の時代劇で使われていることもあります。研究者の間では、そこそこ一般的な方言です。
そんなテ敬語ですが、この「行っきょっての人」や「来てのとき」のように、助詞「の」を介して名詞に接続するという点は、研究室の先輩や仲間にずいぶん驚かれました。「私の本」などと同じ「の」がいきなりつながるなんて、この「て」はいったい何者なんや、と思われたのです。
この「て」が文法的に何なのか、なぜこれで敬意を表現できるのか、私には今もよくわかりません。ただ、母語話者として、使い方を記述することはできます。テ敬語の活用表(簡単にしたもの)を載せておきます。
「行く」+ テ敬語 | 非過去 | 過去 |
未然形 | 行ってない | 行ってなかった |
連用形 | 行ったって | 行ったって |
終止形 | 行ってや | 行ったった |
連体形 | 行っての | 行ったった |
仮定形 | 行ったったら | 行ったったら |
命令形 | ○ | ○ |
ごっつい恋愛してもた、しゃーないやん
Zは、従姉が優秀だったのに、お金がなくて上の学校には行けなかったという話をしています。Zの話には、誰がお金持ちだったとか貧乏だったとか、貧しい家の子がかわいそうだったとかいうことが、頻繁に出てきます。貧富の差が今よりももっと目に見える形であり、子どもでもそれを意識して生活していたのかもしれません。
「なんでもできる子」と言ってすぐに思い浮かぶのは、今なら、勉強と運動と音楽くらいでしょうか。習字に洋裁に、そして和歌まで詠めるとは、70年前の「できる」は今よりも多才です。
さて、その従姉は「ごっつい恋愛」を経て結婚し、幸せになったようです。「代書」のおつかいで派出所に行って「巡査」と恋愛をしたり、相手を従妹に見に行かせたり、私の10代・20代よりよほどドラマチックです。Zは昭和2年生まれですから、戦争中か戦争直後のことだと思います。ことあるごとに「ずっと戦争やった」と話すZの青春時代にもこんな出来事があったのを知り、少し、ほっとしました。
文:篠原玲子(あさのは商店)
http://www.asanoha.net/
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