毎週、てくてくひめじ界隈で得意な分野を持つ方々にコラムを書いていただくコーナー「かきくけコラム」。
「陽文庫-アキラブンコ」のみずいけさんと、ブックカフェ・トキシラズの山本さんがかわりばんこにつづる、本にまつわるコラム「ブックブック こんにちは」、76回目はトキシラズ山本さんです。
76のブック
『圏外編集者』 都築響一 ちくま文庫
『Gutsy Gritty Girl』
発売日 : 2022/05/10
著者 : 都築響一
出版社 : ちくま文庫
ページ数 : 268ページ
ISBN : 978-4-480-43819-5
私が会話の中でちょっと困ってしまう質問に「一番好きな〜」というのがあります。何で「ちょっと」困るかというと、答えられるものと答えられないものがあるから。
一番好きな食べ物。これはオッケー答えられる(鶏肉)一番好きな季節。これもまあいける(春、秋も捨てがたい)一番好きな映画。これは答えにくいのだけど決めてしまっている(バック・トゥ・ザ・フューチャー パート2)音楽で一番好きなもの。これは無理。好みが多いし、趣味が散っているので一番と言われても事前に決めることも難しい(ヒップホップはあんまり聞きませんくらい)
自分が好きなものであればあるほど、この一番好きな〜は?という質問は精度を欠いていくように感じます。「あー、ちょっと答えられないけど最近興味あるにはコレ」とか「コレとコレ、あとコレが好きでコレも(列挙続く)」この辺が真摯な回答になるのかなーとは思いますが、求められていた回答とは違う気がするのは否めない。完全に考えすぎで、聞いた方としては思いついたものをポンと答えてくれれば良いのに、と思っていることもわかってはいるのです。
で、私は古本を扱う仕事をしているので、よく聞かれるのは一番好きな本と一番好きな作家、です。本当に答えようがない質問で、どうごまかそうか毎度悩みます。そんな私が「これは座右の書になるかも」と思ったのが『圏外編集者』です。
作者の都築響一さんはひょんなことから、創刊間もない雑誌ポパイの編集部でバイトを初め、そのまま記者になりそのバイトをやめ(最後まで社員にならなかった)フリーの編集者としてたくさんの本を出版しました。代表的なところで、東京に住む若者の部屋を集めた写真集『TOKYO STYLE』や日本各地の奇妙な風景を切り取った『RORDSIDE JAPAN 珍日本紀行』などがあります。
『圏外編集者』は、そんな都築さんが培ってきた編集者として大切なスピリットを論じた本であり、編集テクニックやモチベーションの保ち方など、明日使えるライフハック的なことは載っていません。でも読み終わったときには心に仕事に対するメラメラ感が残ります。その意味で岡本太郎や、アントニオ猪木の本に近い何かが備わっているかも知れません。
なぜ心に響くのか、それは都築さんの面白がりの本気度が他を凌駕しているからではないかと思います。この人は本気で若者の狭いアパートの一室が面白いと思っているし、デコトラや夜露死苦の落書きに本気で感動している。だから深く対象を見て、理解しようとしている。みんなが読みたそうなものにちょっと触って、まとめてみました。という軽薄さが無い。
本は浅くても広く多くの人に興味を持たれる方が売れる。都築さんの本の題材は、はほとんどの人にとって興味のないものかも知れないけれど、興味ある人には深く刺さる。それどころか、ほぼ興味なかった人もその熱量に引きずられ手にとってしまうのではないでしょうか?だから第一線の編集者としてこれだけの長いキャリアを続けていられると思うのです。
“誤解されないように言っておくと、それはなにも、「いま地方が盛り上がってるから」とかでは、まったくない。(中略)いま日本の地方が置かれている状況は、本当にどうしようもない。シャッター商店街と郊外化。若者に仕事は見つからないし、賃金は低値安定だし、文化的なプロジェクトなんてなにもない。
セックスとクルマしかなくて。でもどこを運転してもイオンタウンと洋服の青山と東京靴流通センターとパチンコ屋とファミレスがあるだけ。(中略)「ひどすぎて笑える」くらいのやりきれなさだからこそ、こころを打つなにかが生まれてくる。本当にすごいものはぬるま湯からは生まれてこないから。「マイルドヤンキー」とか騒いでるマスコミは、その絶望感が全くわかっていない”
これは『ヒップホップの詩人たち』という本の題材として、なぜ地方のラッパーを選んだのかという箇所の引用です。私が、ここまで地方に絶望しているのかどうかは別にして、都築さんが深く地方都市に関わったことは何となくわかる文章ではないでしょうか。で、恐ろしいことに、この熱量に引き込まれて『ヒップホップの詩人たち』を私は今買おうとしているのです(ヒップホップあんまり聞かないのに!)
文:山本岳史(トキシラズ)
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