毎週、てくてくひめじ界隈で得意な分野を持つ方々にコラムを書いていただくコーナー「かきくけコラム」。
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姫路の言葉が好きな、あさのは商店店主・篠原玲子による「おばあちゃんZの言葉」の3回目です。
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01の言葉 何しよってん ゆーて ゆーたらな
02の言葉 行っきょっての人
Zの言葉03
Z : 商売しとー家みんなそうやったで。姑さんがある人は。
R : え、何を。
Z : 自分のお金あらへん。みな働っきょってやろ?自分のお金ゆーもんあらへんかった。
R : 家のお金やから?
Z : 服買うんもー、自分の子どものもん買うんにしても、皆、おばあちゃんこーてやろ?
R : 誰が?
Z : おばあちゃんが。
R : お姑さんが?
Z : 姑さんがな、握っとったったら。
R : 子どもの服って、孫やんな。
Z : 孫でも。
R : あ、そーなんや。
Z : はけー、お金ないんや、お嫁さん。
R : じゃー、こいだけ渡すから買いなさいって、
Z : そんなんとち考え方が違うんや。ほいで、主人の服買うんでも、相談されたことないで。おばあちゃんとふたりで相談して。思いだすわ、コートやらこしらえよった、知っとーもん。ひとことも聞かへんもん。
R : え。えー、変やな、そんなん。
Z : んー、はかい、そんなん不自然やろー?
R : うん。
Z : ほいで、あのほら、外へ出て行ってきますゆーて、店行ったり、そいから、ちょっと出張したりするんでも、ふたーりがデーと飛んで出てやのに。いってらっしゃいゆーて。あほらしいて行かれやするか?
R : そんな仲良しなん?
Z : うん仲良し。かわいいてかわいてしょうがないんやんかー。
R : 大事な息子やから?
Z : んー、まー。マザコンとか、よーゆーやろ?
<2004年7月に収録・読みやすいように加工>
あほらしいて行かれやするか?
Zが20歳そこそこでお嫁に行った家は、夫のほか、姑・おばあさん(姑の母親)・夫の弟が同居している家でした。
夫はだいじなだいじな長男です。お姑さんとおばあさんが露骨にかわいがって世話を焼き、自分の出番がない状況には、この会話でも「あほらしい」と言っています。茶の間にそろっているようなときは、なにも口を挟まずに黙って手を動かしていたとかで、Zの家にあるかぎ針編みの大作はそのときの成果だそうです。
自由になるお金がなかったり、お姑さんやおばあさんの言うことがすべてだったり、夫が「マザコン」だったり、辛抱してばかりだったようで、10年前に収録したデータには同じような話題が何度か出てきます。それなのに、夫も亡くなって数年経った今では、お姑さんは容姿がきれいで性格も素直な人やったとか、尊敬できる主人で幸せやったとか、いいことばかり話すのです。
とは言え、おばあさんのことは、今も、しっかりしとったったとか、きつい人やったとかしか聞かないので、若い嫁にとってはよほど強烈だったのかもしれません。
姑さんがな、握っとったったら
さて、ここからは言葉についてです。
この「姑さんがな、握っとったったら」の「姑さん」は、Zのお姑さんではなく、一般的なことを指して言っているのだと思います。「握る」のは、その家の実権か財布でしょうか。
「握る」は、手元の辞書を引くと、次のように意味が書かれています。
にぎる【握る】
①対象を手中に収めて、放すまいとする。
②五本の指を内側へ折り曲げて、何かを手中に収めているような形を取る。
③塩・酢などで味付けした飯を、両手で押し固めて握りずしや握り飯などを作る。
④〔碁で〕旋盤を決めるために、碁石を(幾つか)つかむ。(三省堂『新明解国語辞典』第四版より抜粋)
ここでの意味は①です。「えんぴつを握る」などのいちばん一般的な②の使い方と比べると、①は、上品でないというか、少し穏やかでないニュアンスを含んでいるように思わないでしょうか。辞書にあがっている用例も、①は「握ったままは放さない・手に汗を握る・事件の鍵を握る・切り札を握る・実権を握る・財布を握る・証拠を握る・弱みを握られる」、②は「絵筆を握る・ハンドルを握る・手を握る」というように、なんとなく、差があるように感じます。
前置きが長くなりましたが、こんなちょっと不穏な「握る」ともいっしょに使われるというところが、テ敬語のおもしろさのひとつだと思います。例えば、標準語の尊敬語で「お姑さんが、お握りになっていたら」などと言ったら、よほどお上品なお宅の出来事か、そうでなければ、嫌味のように聞こえます。「お姑さんが、握られていたら」なら、不自然さはだいぶ減ります。一方、大阪などの「お姑さんが、握ってはったら」は、テ敬語と同じでなにも問題ありません。
「握る」よりもっと明らかによくない意味の語(はげる、留年する、盗むなど)や俗語的な響きの語(こける、ばてるなど)に、テ敬語や標準語的な「お~になる」「~られる」などをくっつけて比べてみると、違いがわかります。お暇なときにお試しください。
【参考文献】
菊池康人(1997)『敬語』 講談社現代新書
文:篠原玲子(あさのは商店)
http://www.asanoha.net/
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