毎週、てくてくひめじ界隈で得意な分野を持つ方々にコラムを書いていただくコーナー「かきくけコラム」。
「陽文庫-アキラブンコ」のみずいけさんと、ブックカフェ・トキシラズの山本さんがかわりばんこにつづる、本にまつわるコラム「ブックブック こんにちは」、5回目はトキシラズ山本さんです。
話し上手に憧れる
トキシラズの山本です。いきなりですが、私は自分で自分の話が「つまんねーなー!」と思うことがあります。
昨日あった面白いこと、さっき読んだ興味深い話、お客さんに聞いた感動的な話。それを誰かに伝えるとき、私は自分の話のウケていなさに、ほとんど絶望的な気分になることがあるのです。
例えばこんな具合。私の家では乳牛を飼育しているのですが、私と母で搾乳作業をしていたとき、夏場だったので羽虫を追うために牛は尻尾を振り回します。その尻尾がちょうど母の顔にパチンッ、怒った母が一言「この、きたない、顔にー!」きたない尻尾を顔に当てるな、とでも言いたかったのでしょうが、母は言葉を省略しすぎて思わぬとこを口走ってしまったわけです。
これを人に話すとき「この、きたない、顔にー!」の部分が終わっても、話の続きを待つ、期待のこもった表情で見られることがあります。私は頭をフル回転させ、話の続きをこさえます。最終的には、「いやー、生き物飼うってたいへんだよねー」的な話になってしまい、笑いはないし、何だかおれ大変なんだ自慢だし。こんな空気は望んでいない!と、泣きたいような気持ちになるのです。
そんな次第で、お話し上手に憧れる私ですが、会ったこと無いけどきった話し上手だろうなーと思う人物がいます。戦場カメラマンのロバート・キャパです。
ロバート・キャパの自伝としては文春文庫の『ちょっとピンぼけ』が有名ですが、今回は、リチャード・ウィーラン著『キャパ その青春』『キャパ その戦い』『キャパ その死』の三部作を紹介します。
05のブック
「キャパ その青春」「キャパ その戦い」「キャパ その死」リチャード・ウィーラン
発売日: 2004年3月
著者: リチャード・ウィーラン、沢木耕太郎 訳
出版社: 文藝春秋
サイズ: 文庫
ページ数: 270p
ISBNコード: 9784167651398
発売日: 2004年4月
著者: リチャード・ウィーラン、沢木耕太郎 訳
出版社: 文藝春秋
サイズ: 文庫
ページ数: 270p
ISBNコード: 9784167651404
発売日: 2004年5月
著者: リチャード・ウィーラン、沢木耕太郎 訳
出版社: 文藝春秋
サイズ: 文庫
ページ数: 270p
ISBNコード: 9784167651411
キャパはその愛すべきキャラクターでどこにいても人気者だったようです。本文中にある1943年のUSカメラに載った記事を引用すると
キャパはただ単に粗直な関心と誠意ある優しさを示すことで友情を結ぶことができた。彼は対象に話しかけ、家に行き、子供と遊び、男たちとタバコを吸い、ビールを飲む。そうして、写真を撮りはじめる
※キャパその戦い / p156
こんなことが出来る人の話がつまらないわけない!しかるべきところで笑いをとり、適切な部分で感心を呼び起こしているに違いない!ウラヤマシイ。次に実際キャパ本人が語ったトロツキーの演説を撮影したときの話を引用します。
誰も写真をとることはできなかった。トロツキーが写真を撮られるのが嫌いだったからだ。(中略)カメラマンは誰も中に入れなかった。私はポケットに小さなライカを持っていただけなので、誰も私がカメラマンだなどとは思わなかった。何人かの作業員が長い鉄パイプを運んで会場に入っていったとき、私もそのあとにくっついていった。そして小さなライカと私はトロツキーを待ち受けた。
※キャパその青春 / 79p
面白い。トロツキーという大人物の写真嫌いという意外な素顔、ピンチを小粋にくぐり抜ける、まるで映画のようなドラマ性。これを本人から聞かされれば、誰でもキャパに好意を持つこと請け合いです。しかしながら、続く文章で作者リチャード・ウィーランの鋭い突っ込みがはいります。
実際はこうだ。バンディ(キャパ)はトロツキーの講演会の入場券をもっていたし、みなと同じように歩いて入っていくだけでよかった。キャパの述べているところとは反対に、トロツキーはさほどカメラが嫌いだったとは考えられない。(後略)
※キャパその青春 / 80P
ロバート・キャパは話を盛っていました。トロツキーは暗殺を警戒し大型のカメラの持ち込みを禁止していただけで、キャパの場合は特に問題なかったわけです。
この本にはこういった事実確認の箇所が随所にあり、それがこの本の魅力のひとつになっています。リチャード・ウィーランが冷静な目で指摘し、キャパは苦笑いをしながら言い訳を考える。事実確認の箇所は、教師と不出来な生徒の緊張の面談のような、それでいて、どこか親密なやりとりを見ているような気分にさせられます。
話は盛りぎみでもキャパの魅力は変わりません。また、なぜそうするのかにも理由があります(理由は本書で確認してください)。それに、お話し上手に憧れる私としては、こうやって話を脚色できることもウラヤマシイのです。
文:山本岳史(トキシラズ)
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